キリスト教保育

愛するみなさん、こんにちは

心の整理整頓手伝い人、ハートオーガナイザーのひろこです。

保育園や幼稚園は、その園の保育方針や教育方針があると思いますが、その一つにキリスト教保育を掲げている所がありますね。

私は、クリスチャンなので、今までもキリスト教系の所に行こうと思ったことはあったのですが、あえて止めていたんです。

何故かというと、神様のことを信じていたとしても、結局は人の問題なんですよね。

神様を信じたから、クリスチャンだから清廉潔白になりました!って訳でもない。それを判ってはいるけれど、何かがあった時に「なんで神様信じてるのに」って、その人のことを責めちゃいそうな気がしたからです。

もう一つは、自分の中に揺るぎない信仰というものが、確立されていなかったからかもしれません。

だけど今、逆にあえてキリスト教保育という所に踏み込んでいます。

年齢を重ねて、その「人」と「信仰」を別に見られるようになったのもありますが、小さい時から「キリスト教」というものに触れている子どもは、どんな風に神様を捉えているのかを知りたかったというのもあります。

 

私がクリスチャンであると話すと、幼稚園や学校がミッション系だったという人が意外に多いことに驚かされます。
そして「話の内容は全く覚えていないけど、あったかい雰囲気だった」とか「賛美歌を歌う、あの雰囲気は好きだった」とか「クリスチャンじゃないけど、何かあった時にその時に教えてもらったことが支えになったりしている」など、割と良い印象なのです。

もちろん逆の印象を持ってる人も多いとは思います。
かくいう、私の妹はカトリック系の幼稚園でしたが、「先生があんまり好きじゃなかったし、雰囲気も嫌だった」と言ってましたしね。

そんな風に、大人になった今でも何らかの影響を与えているということは、やっぱり小さい時に、どんな風に「神様」を伝えていくのか。またそれを伝える大人が、どんな態度で、どんな雰囲気の中で、接していくのかが大きなポイントになるのだろうなと思いました。

 

ただ、行ってみて判ったことは、
悲しいかな、キリスト教保育をうたっている所でも、クリスチャンの先生は少なく
園のトップの方々がクリスチャンでないということもあるということ。
保育士不足の中では、クリスチャンの人だけを採用するということも出来ないということも確かだし
教会付属でなければ、聖書の内容を伝えるということも難しいのかもしれません。

キリスト教保育を行うとき、大切なのは
神さまが、私たちにあふれる愛を注いでくださるということ、
一人ひとり、それぞれが素晴らしいということを伝えていけるようにすること
そして、子どもに真摯な態度で、穏やかで、温かいまなざしを持って接し、
笑顔で子ども達を包みこみ、安心を与えてあげることじゃないかと思うんです。

 

そしたら、それはクリスチャンでなくても、聖書の神様じゃなくても、保育士として子どもに対する対応として大事なところは一緒だし、別に聖書の話をしなくてもいいじゃない?
子どもだって聖書の話なんて難しくてわからないし。親だってそこまで望んでないでしょ?
幼稚園や保育園がミッション系だったという方たちの感想にしても「内容覚えてない」っていう人がほどんどじゃない?っていう話も出てくると思いますが、

キリスト教保育と言っている以上、そこの中心は創造主である聖書の神様でなければおかしいですよね?
だからキリスト教の根底である聖書をないがしろにしないで欲しいなと思います。

クリスチャンでない先生は、聖書の話は理解しがたいかもしれないけれど
もう30年以上信仰を持っている私も、理解しがたいことが沢山ある。
でも、神様のことが全て理解できるのは、神様だけだし、
この世界を創るなんて、すごいことをする神様を理解するなんて、そもそも無理なことだと思ってからは
判らないことがあっても、あまり気にしなくなりました。

なので、私はクリスチャンでない先生は、子どもをよく見てみることをお勧めしたいです。

なぜかというと、私自身が、子どもと接することで、聖書に書いてある内容を「こういうことか!」と気づかされることも多かったし、また、子どもの成長のことを知るにつれて、神様は、なんて巧妙に人の成長を組まれているのだろうと感嘆せざるを得ないから。

子どもは、一足飛びに成長してくものではなく、一つ一つステップを踏んで成長していきます。そのステップも脳の成長と体の成長が一緒になった時に、次への段階へ行けるようになっていたりするのです。

それは、人間というものが、ただの偶然で造られたとはとても思えない巧妙なシステムです。
子どもを深く知れば知るほど、神様の御業の大きさを感じます。

もう一つは、子どもたちは神様に近い存在だから。

生まれる前の記憶を持っている子たちの話によると、この地球でどんな風に人生を送るか
神様と決めてくるらしく、その時に神様に逢ってるんですよね。

だから、子どもたちは大人より神様が判ると思うし、
むしろ、子どもたちは、神様のことを忘れてしまった大人に
神様のこと、そして神様としてきた約束のことを思い出すように生まれてきてくれるのかなと思ったりします。

そう思うと、子どもって素晴らしい存在だと思いませんか?

そして、クリスチャンであるキリスト教保育の保育士は、クリスチャンでない先生たちのことを祈り、励まし、自分たちの態度を持って、神様を伝えていけるようになれるといいですね。

 

 

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